生命保険の歴史について
生命保険の歴史について
「保険」というと近代的なイメージがありますが、その歴史は中世のローマ時代に遡ります。
ローマ帝政時代には、現代のの生命保険に類似した「埋葬費支払い制度」と呼ばれるものや大航海時代には「難破」や「遭難」などの損害に備えるため「冒険貸借」と呼ばれる保険がありました。
ちなみに近代的な保険業務のはじまりは17世紀後半にできたイギリスのコーヒー店「ロイズ」から始まったとされています。
そのコーヒー店「ロイズ」はたくさんの船主でにぎわう店で、海上保険の中心地で、のちにロイズは保険組合となります。
当時の海上貿易では海賊なども多発していたため、無事に帰ってこないというリスクが大きかったということもあり保険が必要になったのです。
まず船の所有者は、船が出港する前に金融業者から借金をして、もし船が無事に帰ってこなかったら借金が免除になるというしくみ、これが現代の海上保険の原型となった「冒険貸借(ぼうけんたいしゃく)」というものです。
17世紀にはイギリスで大火災があったことから建設業者が火災保険を引き受けることで、現在の火災保険の原型が生まれ、19世紀には同様にイギリスで自動車保険も誕生しました。
日本でも鎌倉時代の「無尽(むじん)」や室町時代の「頼母子講(たのもしこう)」と呼ばれる、ある集団に属する人たちがお互いにお金をを出し合って助け合うような「相互扶助」の仕組みもありましたし、「拗銀(なげがね)」といった、さきの「冒険貸借」に相当するような仕組みももっていました。
近代的な保険制度は公平で合理的な制度をさしますが、原型はこうした「相互扶助」の仕組みが発展したものといえます。
日本にはじめて近代的な保険制度を採用したのは福沢諭吉といわれています。
1867年に著書の「西洋旅案内」において「人の生涯を請合うこと」として生命保険を紹介しています。
その後明治時代の財界人によって多数の保険会社が設立されましたが、競争の激化、大震災の影響などにより、多くの保険会社が経営難となり、整理統合を余儀なくされました。
それ以降は大蔵省の監視下のもと「生命保険会社」「損害保険会社」がそれぞれ20社ほど存在するという時代が長くつづきました。
ちなみに会社の名称は、生命保険会社は「○○生命保険」となっていますが、損害保険会社は、海上保険か損害保険かのどちらの業務を主にしていたかによって「○○海上火災保険」か「○○火災海上保険」の2種類があります。
代表的な生命保険・損害保険会社としては下記があげられます。
生命保険会社
「共済五百名社(後の安田生命)」:1880年設立 共済事業を開始
「明治生命」:1881年設立 日本初の近代生命保険
「帝国生命(後の朝日生命)」:1888年設立
「日本生命」:1889年設立
損害保険会社
「東京海上」:1879年設立
「東京火災(後の安田火災)」:1887年設立
「明治火災(後に東京海上と合併)」:1891年設立
「帝国海上(後に安田火災と合併)」:1893年設立
日本の保険はこれらのような「生命保険」と「損害保険」に分けられており、生命保険は「人の生死を保険事故」として扱い、損害保険は「人の生死以外(物の損害)を保険事故」として扱う保険のことをさします。
保険金も「生命保険は定額の保険金を支払う」のに対し、「損害保険は損害を填補する分の保険金を支払う」という違いがあります。
ちなみに日本は世界一の保険大国といえます。
アメリカと比較しても生命保険料の総額がどちらも4000億ドル強でほぼ同額ですが、人口で比較させると、日本人はアメリカ人の約2倍の保険料を支払っていることになります。
これは国民性によるところ(日本人は勤勉で貯蓄好き)という面もありますが、国の政策も大きく影響しています。
民間の保険会社の努力もありますが、なんといってもJAなどが取り扱っている「共済」や郵政省が取り扱っている「簡易保険」の存在が大きく、生命保険の場合、保険契約高(死亡保険金の合計)のトップはJAで、総資産額でみると簡易保険は現在民間保険会社トップの日本生命の約3倍にも及んでいるからです。
そして1996年に成立した新保険業法におおいて、それまで国によって手厚く保護されていた保険業界も自由競争時代に突入し「金融ビッグバン」と呼ばれる時代になりました。
この法改正のポイントは「自由競争の促進」「保険業の健全性の維持」「公正な事業運営と経営指標の公開」で、これにより「国が守ってあげるから競争しないで成長しなさい」というものから「国はルールを作るだけにするからお互い競争しなさい」という仕組みになりました。
保険分野はおおまかに3分野
(1)人の生死に関して一定の金額を支払う保険契約(定期保険、就寝保険、養老保険など)
(2)偶然の一定の事故によって生じる損害を補填する保険契約
(火災保険、自動車保険、海上・運送保険など)
(3)傷害・疾病および介護分野にかかる保険契約(傷害保険・所得保障保険・医療保険など)
に体系化され、(1)は生命保険会社が扱い、(2)は損害保険会社が扱い、(3)は両方の保険会社が限定的にあつかっていました。
しかし、この法律の改正により、生命保険会社、損害保険会社だけでなく、証券会社や銀行との垣根もなくなりつつあり、まさに自由競争時代になりました。
保険商品についても従来はほとんどの商品について官庁の許可が必要でしたが、こうした既成のもとでは、保険会社は自由に競争することができないということで順に撤廃されることになりました。(いわゆる「規制緩和」とよばれるものです)
損害保険の保険料も自由化され、各社独自の判断で保険料を設定できるようになりました。
またこれまで外資系保険会社の独壇場であった、医療保険、がん保険の分野も生命保険会社、損害保険会社双方に開放されたのも規制緩和によるものです。
しかしこうした自由競争の促進はこれまで守られてきた契約者に危険をもたらすおそれもあることから、各保険会社によるさらなるリスク管理体制や情報公開も強化する方向にあります。
これからは契約者自身が自己責任に基づいて自分に適切な保険を選択する時代になったといえるのではないでしょうか。
